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ことばがかいてあります。

[短編小説] 僕らの青年期~水 第一話

 夜が始まり、朝が訪れるまでの時間。過ぎてしまえばあっという間の時間。



 夜が始まり、朝が訪れるまでの時間。過ぎてしまえばあっという間の時間。
 誰もが夢を見ている時間。
 そんな時間に、僕らは決まって歌を唄った。
 良い気分で夜の街を走り、朝を迎える。狭くて汚い車の窓に映る、寂れた街並み。他に走る車のない道。夜の闇が徐々に蒼くなり、胸をつくような切ない紫色に染まり、昇る太陽が空を金に焼く。そんな時間まで、僕らは走り続けた。
 今でもふと思うことがある。僕らはどこを目指していたのだろうか、と。結局僕らはそれぞれの場所に辿り着いた。でも、それは僕らが本当に目指していた場所だったのだろうか? 
 ただ、あの頃の僕らは歌を唄った。ロードノイズに掻き消されそうな弱々しいフレーズを唄った。目指す場所も辿り着くべき場所も何も考えずに、でたらめな歌を唄った。
 そんな曖昧で思いつきの歌は何ひとつ残ることはなく、あっけなく消えていった。闇夜を火花で照らすようなものだ。一瞬だけ闇は晴れても、またすぐに真っ暗になってしまう。不毛で、何も生み出さない。
 流れる景色と同じだけの場面、出来事。記憶の中で、僕らはたくさんの歌を唄い、そして忘れていった。
 たくさんの話をして、そして忘れていった。
 色々な物を手にして、失っていった。
 これはそんな時期の話だ。辿り着く当てもなくただ走っている車と、始まりも終わりも曖昧な歌。そんな価値の無い欠片がメインになる、僕らの青年期の話だ。
 僕の隣に、まだ水(ミズキ)がいた頃の話だ。

 彼は僕の友人の中でも一番の変わり者だった。だから僕らは気が合ったのかもしれない。多分そうだろうと思う。
 まず、僕と水とが一緒に行動することになった経緯から語ろうと思う。

 道の端に残っていた雪も溶けて、だんだんと温かな日が多くなった頃。風の強い日が続いた頃のことだった。
 僕はいつものようにひとりで本屋にいた。昔から本屋は好きで、規則正しく並んでいる無数の本を眺めているだけで、僕の心は穏やかになったものだ。店の外は風が強く、自動ドアがぎしぎしと軋みを上げていた。外では原色の文字で彩られたのぼりがポールに絡まって、はためくことすら出来ずにいた。風が強いことを除けば悪くない日だった。悩み事もないし、忙しくなる当てもないし、財布の中身には余裕があったし、おまけに良い天気だった。
「よう、久し振りだな」
 そう声をかけられて振り返ると、二人組の男が立っていた。周りの客が数人こちらを見て、すぐに視線を戻した。分かっている。本屋で世間話をするのはマナーに反するってことくらい。
 その二人組の片方は僕の友人で、もうひとりは知らない男だった。友人はがっしりした体格、知らない男はひょろりと細い体格で、どちらも僕より背が高い。友人は似合わないサングラスをかけていたし、知らない男は無精髭を生やしていた。どう見ても本屋に似合う格好ではない。
「お前の車が入ってくるのが見えたからな、追いかけてみた」
 小さく溜め息を吐いて、「外に出よう」と言った。どうやら彼は世間話が目的のようだったから。
 自動ドアが開き、外の乾いた風が吹きつける。日差しはとても暖かかったけれど、まだまだ風の冷たさは残っていた。
 本屋の壁に沿って少し周り、自販機の前で足を止めた。
「久し振りだな。暇なのか?」
 頭半分高い視点から、愛想の良い声が投げかけられた。
 僕はその問いに黙って頷いた。しばらく前に勤めていた会社を辞めた。少し前から蓄えを食い潰して生活をしていたから、暇は無尽蔵にあった。僕は当面社会から離れた生活を送ろうと考えていたのだ。
「そりゃ結構。俺たちはこれからメシ食いに行くんだけど、一緒にどうだ?」
 どうやらそこで長々と世間話をしようというらしい。たまにしか顔を合わせない友人というのはこういう時に厄介だ。断わるにしても断わりづらいし、頷くにしても気楽にはいかない。まあ、丁度昼時ということもあったし、僕は「いいね。付き合うよ」と答えた。
「でも、キミの連れはそれで良いのかい?」
 連れの男はこれといった感情を示さない、どちらかといえば愛想の無い顔をしていた。無駄に愛想を振りまいている男よりは信用出来そうだと思った。それが第一印象だった。
「構わないさ、俺の友達だぜ?」
 僕は肩を竦め、「そうかい」と答えた。この友人は昔からその場の勢いだけで乗り切る節があった。昔から何も変わってはいないらしい。
 待ち合わせ場所を決め、僕らはそこで一時別れた。僕は店内に戻って買うべきものを買い、自販機で缶コーヒーを買ってから、自分の車で待ち合せ場所を目指した。狭い車だ。どう足掻いても三人は乗れない。しかも助手席には荷物が散乱していて、とてもじゃないが誰かを乗せるのは無理だ。そんな車で、僕はひとりで待ち合わせ場所を目指した。
 その日は道路工事のせいで道がひどく混んでいたのを覚えている。それと、水色に霞んだ空。僕は待ち合わせの場所に着くまでに二本の煙草を吸い、缶コーヒーを半分飲んだ。
 待ち合わせ場所は、市内にあるファミリーレストランだった。美味くも不味くもなく、値段も普通。メリットは、コーヒーのお代わりが自由ということだけ。主に長話をする時に使われる場所だ。
 それでも腹は減っていたので、僕はハンバーグのセットと、スパケティーを一皿と、フライドポテトを平らげた。
「相変わらず無茶な食い方するな」
 半ば呆れたようにそう言われた。
「燃費が悪いんだよ。俺の相棒と同じでね」
 窓の下に停めておいた僕の車を指差してそう答えた。食後のコーヒーを飲みながら。
 彼と彼の友人は僕の合い向かいに座り、二人共同じものを食べた。鉄火御膳とかいう和風のメニューだ。店の外観も内装も洋風なのに、どうして和風のメニューがあるのか僕は理解に苦しんだ。でも、結局は食べてしまえば同じことだし、そもそも僕が食べる訳でもない。並んだ皿の全部が綺麗に空になってから、僕らは会話を始めた。
「紹介が遅れたな。コイツは水(ミズキ)と言う」
「ミズキ?」
「そうだ。水と一文字で書いてミズキ。珍しいだろう?」
 僕は「確かに」と答えた。そんな読み方をするとは考えたこともなかったからだ。
「よろしく」と言うと、水は「どうも」と愛想なく答えた。どうやらそういうヤツのようだった。
「お前、今無職なんだって?」
 僕は黙って頷いた。間違いではない。間違いではないが、公衆の面前で大きな声で言うことじゃあない。店内は混雑していたし、隣のテーブルには若い女の子が4人ほど静かに食事をしているのだから。
 僕は多少憮然としてコーヒーを飲んだ。
「同じだな、水」
「まあな」
 水も少し腹を立てたのか、眉間に皺を寄せてコーヒーを飲んでいる。
「おい、水も今無職なんだぜ。この間まで塾で中学生相手に教えてたんだが、受験が終わったモンで辞めちまったんだ」
「一年勤めた。ひとつだけ分かったことがある。塾の講師ってのは、陶芸家とは違うってことだ」
 水がそう話す。僕は話口に面白そうなものを感じ、黙って耳を傾けた。
「つまり、失敗作でも割ることは出来ない。5のヤツも1のヤツも同じ扱いをしないとならない。まともな人間には耐えられっこない」
 嫌悪感を露にする水に、友人は渋い顔をした。
「おいおい、真剣に仕事をしてる奴らを馬鹿にするなよな」
「別に馬鹿にはしてない。ただまともじゃないって言っただけだ」
 水の言うことは極論だ。でも、僕にはその極論がどこか心地良く思えた。だから僕の話もすることにした。
「俺は会社で事務をしてた。事務の仕事をしたことは?」
 二人共「ない」と首を横に振った。僕は頷き、話を進める。
「事務の仕事で一番大切なものがある。それは『これは夢だ』と思うことだ」
「どういうことだ?」
 水が身を乗り出して訊いてきた。興味を示している。
「あんな仕事を真剣にやってたら周りから鬱陶しがられるだけだ。『これこれの領収書がありませんよ』 『これこれの書類を提出して下さい』 気が狂ったのかと思われる」
「だから夢だと思うのか?」
「夢だと思えば大抵のことは諦めがつくし、許せるだろう? 自分ではどうもしようがないってね」
「なるほど」と、水は大きく頷いた。
「全く、お前たちは良く似てるよ」と友人は大きく溜め息を吐いた。
「屁理屈でお前らとやりあえる奴はいないね」
「いや、そうでもないだろう」と水。
「学校の教師となら良い勝負になる」
 その通り、と僕は思った。特に生活指導の教師となら良い勝負になるだろう。ただ、彼らと僕らの決定的な違いは、それが理屈だと思っているのか屁理屈だと割り切っているのかの差だ。
「それと、政治家ね。窮地に追い詰められた政治家には負けるかもしれない」と僕が言った。
「そうかもしれないな」と水が言った。
 僕らは互いに笑い合い、こうして友人になった。


《第二話へ続く》

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(Bastardly Anthologyより移行)
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  1. 2016/02/14(日) 22:26:32|
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