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ことばがかいてあります。

[短編小説] 僕らの青年期~水 第三話

 でも歌を唄うことを覚えたとしても、それはあまり役には立たなかった。現実的には。



 でも歌を唄うことを覚えたとしても、それはあまり役には立たなかった。現実的には。
 僕らは相変わらず無職だったし、何をするでもなくふたりだけでいるのも変わらなかった。
 それに、歌を唄いたくなる時というのはとても限られていた。「さあ唄おう」と言ってひょいと唄えるものではなかったのだ。場所だって限られている。
 唄い出したくなるような気分の時に、唄いたいだけ歌える場所。そんな場所を僕は探していた。でも、見つからなかった。
 思い出したように唄う歌はすぐに途切れて、煙草の煙と混じって溶けて消えた。

 僕と水(ミズキ)は、煮えきらない時間を共有していた。

「マキが最近おかしい」と水が言った。僕はさして気にも止めず、爪を切っていた。暇だと髪が伸びる。楽をしていると爪が伸びる。昔の人は上手いことを言うものだ。
「おかしい?」
 お義理で僕はそう訊き返した。爪を切っている時に話しかけられても、そうそう身の入った返答なんて出来っこない。
「お前に嫉妬してる」
「はあ?」
 言葉の意味が分からなかった。どうして水の彼女が僕に嫉妬するというのだろう? 理屈が通らない。
「俺が自分以外の人間といるのが気に入らないみたいだ」
 まるで言いがかりだ。パチン、という音を立てて爪きりが数ミリ分の爪を切り取った。
「今まではそんなことはなかった。物分りの良い、手のかからない女だった」
「まるで君の娘みたいな物言いじゃないか」
「同じようなもんさ。大差はない」
 水はいつもの大仰な仕草でそう言う。芝居がかった仕草で、軽く手を振る。
「上手く行ってないんじゃないかい?」
「何が?」
「人生かな。この場合は」
 適当にそう言っておいた。
 爪を切り終えると、僕はやすりをかけ始めた。左手を完全に仕上げてから右手に移るのが僕のスタイルだ。そうしないとどうもすっきりしない。
 ふと思いついて、もうひとつ付け足す。
「もしくは、今までとは違うものが欲しくなったのか、だな」
「……そうかもしれないな」
 水はそう言うと、その話題にはもう触れなかった。

 それからしばらく、水は僕の前に姿を現さなかった。行きつけの多国籍料理屋にも顔を出さなかったし、ビリヤード場にもファミリーレストランにも本屋にも顔を出さなかった。
 そして、久し振りに僕の部屋に来た水は今までよりも一回り縮んで見えた。

「痩せたんじゃないのか?」
 目は酷く落ち窪み、眼の下には隈がはっきりと見て取れた。まるで大きな病気を患った後のように思えた。
「久し振りじゃないか。しばらくどうしてたんだ?」
 水は煙草を咥え、火をつけ、大きく吸い込んで、吐き出してからこう言った。
「ひとつ目の答えは、その通り。ふたつ目の答えは、厄介事を片付けてた」
「厄介事?」
「マキが妊娠した」
「それで?」
 ろくに吸ってもいない煙草を消し、もう一本煙草を吸う。きっと水は混乱しているのだろう。それはそうだ。僕だって恋人が妊娠したと聞けば混乱する。幸い僕にはそんな相手もいないし、そういった行為はしばらくの間していない。残念なことに。
 ただ、他人のこういった話題に僕は結構慣れていた。僕が勤めていた会社はそういった人種が多くいたし、そういった人種は何故か僕に逐一報告をしてくれたから。多分僕を穴か何かと勘違いしていたのだろう。『王様の耳はロバの耳』と言うのに丁度良い穴。間違って草が生えて花が咲くこともない。安全な穴。
 ともかく、水は疲れ果てた面持ちで、煙草の先を見詰めながら話を進めた。
「それで、マキの両親と話をしてきた」
「良い機会なんじゃないか? つまり、結婚して落ち着くのにはさ」
 僕らの同級生でもそういった『男の責任』を取って結婚したヤツは何人かいる。特別早い訳でもない。
「馬鹿言うなよ。俺はまだまだそんな立派な大人じゃない。ガキがガキ作ってどうする?」
 もっともな言い分だ。それに、職の無い男には家族は養えない。現代社会は勤労の代償としてささやかな幸せを与えてくれるのだから。
「堕胎手術の費用を稼いでたんだ。夜間工事のバイトでさ。丁度そういうコネはあったから、他の若い奴よりも良い給料で雇ってもらえた」
 僕は水が痩せた理由を理解した。どうせ無茶な働き方をしたのだろう。水にはそういうところがあるのだ。最も現実的な手段を取るのに、必要以上に自分を責めてしまうところが。
「今回は堕ろしたけど、次はそうもいかないだろうな。ああいうのは何度もやってると妊娠出来なくなるから」
「まあ、そうだろうな」
「お前はそういう経験ってあるか?」
「いや」と僕は言った。そういう経験も、そうなるような迂闊な経験もしたことはない。
 少しの間沈黙が続いた。僕も水も、それぞれに違うことを考えていた。
 しばらくして、水が吸わずに燃え尽きた煙草を灰皿に押し付けた。僕はベッドにもたれて天井に吊られた蛍光灯を眺めていた。白い光が粒のように降り注ぐ。目を閉じても瞼をすり抜けて、部屋の床に影を落とす光の粒。それはただの妄想。
 水が言った。
「俺は、悪い人間だよな」
 搾り出すような声。初めて聞く、辛そうな声。目を開けて見ると水は両手で顔を覆っていた。
 多分、泣いていたのだろうと思う。生まれて来られなかった子供のことを想って。
 でも、僕はそんな風に打ちひしがれる彼を見たくはなかった。
 打ちひしがれるのならひとりで打ちひしがれれば良い。
 僕の前に姿を現したということは、水にとっては何かしらの意味があるはずだと僕は思った。
 好意的に解釈するとそうなる。
 それでも、目の前で人に泣かれるというのは嫌なものだ。それが男の友人となればなおさらだ。
 僕は徐々に苛立ち始めていた。
 だから僕は、彼にこう言った。
「こう考えれば良い。あれはちょっとした壁だったってね」
「……どういうことだ?」
 水はしばらく黙っていたけれど、それでも僕と会話することを選んだようだった。
 擦れた声が掌の隙間から滑り出す。
「君が乗り越えるべき壁だ。乗り越えるべきだったのに、君はぶつかってしまった。それは仕方ないことだ。全ての責任は君にある。誰のせいでもなく、君だけのせいだ」
「じゃあどうすれば良かったんだ!」
 水が声を荒げ、僕を睨みつけた。
 真っ赤な一対の瞳が僕を睨みつけている。
 それがどうした? 中途半端なことをするからそうなるんだ。
 そう考えると、僕の苛立ちはもう止まることなく駆け出していた。
「いいか、良く聞けよ。君は自分のことを悪人だと言った。でもな、それはただ浸ってるだけだ。自分の置かれた境遇に同情して、悲劇の主人公ぶっているだけだ。甘いことを言うなよ。そんなに後悔するんだったら初めから何もしなければ良かったじゃないか。頭の良い君のことだ、堕胎することで後悔するなんてことくらい分かってたはずじゃないのか? それでも君は堕胎することを選んだ。自分の自由と引き換えに、生まれて来る命をひとつダメにしたんだ」
 僕は苛立ちながらも冷静に、それだけを一息にまくし立てた。
 もちろん、水が怒るのは分かっていたし、怒らないようだったら僕は水との交友をこれっきりにしようと思っていた。
 本気で怒ることのない奴とは、僕は友達にはなれない。
 でも、やっぱり水は僕の友達だった。
「馬鹿にするな!」
 衝撃は左の頬に来た。右の拳で殴られたのだろう。
 人が咄嗟に取る行動なんてたかが知れてる。
 だから、僕はあえて防ごうとはしなかった。
 ただ、歯を折られるようなヘマだけはしなかったが。
 せいぜいが軽く腫れる程度のものだろう。
 怒り任せに殴った拳なんて、そう痛いものではない。
「後悔? そんなもの覚悟してたさ! でもな、俺は今のまま、中途半端なままで誰かの人生を背負うことが出来なかったんだ!」
「だったら辞めれば良い」
 突き放すように言う。
 いくら友人とはいえ、僕の顔を殴った人間に情けをかける必要なんてない。
 それに、多分水は自分がどうすれば良いかを一番分かっている。
 直感的にそう感じた。
 僕はただ、その覚悟の手助けをするだけだ。
「辞めれば良いんだよ、中途半端が嫌なら」
「どうすれば良いってんだ! 俺はどうするのが正しかったってんだよ!」
「そんなことは知らない。ただ、今のままが嫌ならすることはひとつだけじゃないか」
 僕は拳を握り、思い切り水の左頬を殴った。
 もちろん手加減なんてしていない。頬骨を砕くつもりで殴った。
 水は吹き飛び、殴った拳が痛い。
「ウダウダ言って同じトコをぐるぐる回るくらいなら、ここから飛び出せば良いんだよ! お前はいつだって手を抜いてそれなりの結果しか求めてなかったじゃないか! その先が、そのずっと先が欲しいから俺と一緒に探してたんじゃないのかよ!」
 水は僕に殴られ、ぐったりと倒れていた。
 肩の向こうに見える口からは、一筋の血が流れている。
 大方口の中でも切ったのだろう。当たり前だ。本気で殴ったのだから。
 本気で殴って、本気で苛立って、そして本気で話をしているのだから。
「本気を出すことを忘れたヤツに、何が手に入るってんだ!」
「………………」
 水は頭を押さえ、その場で胡座をかいた。
 どうやら歯は折れなかったらしい。
 水は俯いたまま、口を開いた。
「能ある鷹の話をしてやる。能ある鷹はな、あまりに能があり過ぎたから、爪を出す必要がなかったんだ」
 僕に殴られた水は、それでも冷静なようだった。
 ただ、殴られた頬が痛むのだろう、時々発音が曖昧になることがあった。
 ただ、淡々と語るその口調は、打ちひしがれていた時のそれとは明らかに変わっていた。
 しっかりとした覚悟の出来た口調で、水は語る。
「爪を出さずに狩りを続けた鷹は、自分に爪があることを忘れちまったのさ」
 放り投げるように言った水に、僕は笑いかける。
「思い出せたかよ?」
 痛みの残る頬で、ひきつった笑顔。返ってきたのもまた、ひきつった笑顔だった。
「おかげ様でな」
 にやり、と水が不敵に笑った。
 僕は肩を竦め、右手を軽く振った。
 まったく、本気で人を殴るモンじゃない。
 しばらくは箸を持つのも辛いだろう。
 だが、どうやらそれも無駄にはならなかったようだ。
 怪我をした価値のあるものを、僕らは手に入れた。
「本気を出すには少し、楽をしすぎてたみたいだな」
「そういうことだな」
 水が立ち上がり、服装の乱れを整えた。
 痩せてはいたが、再会当初に感じたような小ささは見えなくなっていた。
「ところで……」
 水が煙草を咥えて、言った。
「湿布くらいはあるんだろう?」
 僕は笑って頷いた。


《第四話へ続く》

───────────────────────────────────────
(Bastardly Anthologyより移行)
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  1. 2016/02/14(日) 22:28:04|
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