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Junk Mind D.N.A.

ことばがかいてあります。

[短編小説] 僕らの青年期~水 第四話

 その夜、僕らは初めて夜のドライブをした。



 その夜、僕らは初めて夜のドライブをした。
 もっとも、「ドライブをしよう」と思い立って出かけた訳ではなく、買い置きの湿布薬が切れていたからだ。どうにも締まらない。
 でも、それが僕ららしくて丁度良いと思った。
 薬局で湿布を買い、頬と右の手に貼ると、僕は適当に車を走らせた。
 水(ミズキ)は何も言わなかった。ただ、楽しんでいるようだった。
 突発的な、思いつきだけの、夜のドライブを。
 街灯も無い田舎道を走り、目に付いた自販機で僕は車を止める。
「缶コーヒーだな」
「そうだな」
 春が過ぎ、そろそろ梅雨が来るだろうという時期だ。
 ホットがアイスか迷ったが、結局僕らはアイスにした。
 体の芯に火がついたような、落ち着かない、駆け出したくなるような気持ち。充実感。
 期待。
 そんなものを沈めるには、冷たい飲みものの方が向いているだろうと思ったから。
「本当はビールが良いんだけどな」
「勘弁してくれ。俺はまだ免許を失いたくない」
 体の奥から何かが湧き出してくるような、ざわざわとする消えない衝動。
 そんなものを味わうのは初めてだった。
 そんな夜は、ドライブをするに限る。誰が何と言おうと。
 水の座っている助手席は、綺麗に片付けた。
 今夜は荷物の代わりに、僕の相棒であるところの水が乗っている。
「行くか」
「どこまで?」
「行ける所まで」
「そうしよう」
 こうして、僕らの夜のドライブが始まった。

 田舎道を走っていると、やがて知らない町に迷い込んだ。
 でも、本当の意味では僕らは迷ってはいなかった。もともと目的地なんて無いのだから。
 こんなところまで来てしまったのには理由がある。目的地は無くても。
「高い場所に行ってみたくないか?」という水の台詞に僕が頷いた結果だった。
 道は知らない。初めての道だ。対向車にはもう三十分以上出会っていない。
 街灯なんて無いし、だんだんと道も細くなっているような気がする。
 つまりはそういう場所だ。
 僕はヘッドライトに照らされた道を、出来る限り上を目指して選択する。
 時には分岐点で車を止めたり、道が下り始めたらUターンしたりして。
 必然的に道は曲がりくねった峠道になる。
 フロントガラスに付いているお守りが、ゆらゆらと左右に振れている。
 林に囲まれた知らない道を走っていると、自分がとんでもない場所に来てしまったように感じる。
 おそらく、それは誰もが感じることだろう。
 増してや今はもう深夜だし、ここは完全に知らない場所だ。
 どれだけの距離を走ったのかはメーターを見れば分かるが、そんな数字が何だというのか?
 僕らは、とんでもない場所を目指して走る。
 そして、辿り着いた『高い場所』は──
 僕らの住む街と、その周りまでが一望出来る場所だった。

「参ったな……とんでもない場所だ」
 水が顔をフロントガラスに着くくらいまで突き出し、感極まったという口調でそう言った。
 僕だってそう思っている。ただ、僕は言葉も出なかっただけだ。
 今日一日を振り返り、目の前の景色の理由に思い当たる。
 そう言えば今日も風が強かった。だからなのだろう。
 夜景が、恐ろしいくらいにはっきりと見えるのは。
「俺たちの住んでいる街が……あの辺りだな」
 水は正面よりも少し左を指してそう言った。
 間違いはないだろう。ライトアップされている橋が見えるし、一際高い庁舎ビルも見える。
 規則正しく配置された高速道路の街灯群の位置からして、正しい推測だと言えた。
「ここは……実にカップル向きな場所だ」
「今度は恋人と来れば良いさ」
「いや……多分あの女はこういう場所を好まないだろう。そういう女だ」
 どういう女なのか僕は知らないし、説明も求めてはいない。
 だからその点については何も意見しないことに決めた。
「降りよう。ガラス越しじゃあ勿体無い」
「そうしよう」
 外は少し肌寒かったが、我慢出来ない程ではなかった。
 僕は車のエンジンを切り、上を見上げた。
「星も綺麗だな……」
「ああ……」
 しばらくの間、僕らは思い思いの方法で夜景と星空を楽しんだ。
 水は立ったり座ったりしていたし、僕は夜景よりも星空を熱心に見上げていた。
 梢を過ぎる風の音も、人の生活が立てる騒音も、虫の声も無い、完全な静寂。
 衣擦れの音すら禁忌に思える。
 そんな沈黙を破ったのは、水の歌だった。
 始まりは鼻歌で、それから歌詞がついた。
 だんだんとメロディがはっきりしたものになると、完全な歌になるまではすぐだった。
 まるで目の前に千の観客がいるかのような、水の熱唱。僕は彼の右隣でその歌を聞く。
 僕は思った。歌は、こういう時のために存在しているのだろうと。
 だが、その思いつきは一瞬にして否定した。違う。そうじゃないんだ。
(歌は……)
 水の歌が終わり、僕の思考が途切れた。
 霧散してしまった思考を取り戻そうとしても、上手く行かない。仕方なしに尋ねる。
「タイトルは?」
「そうだな……『街を見下ろす場所』ってのはどうだ?」
「そのままだな」
 肩を竦めた水は、いつものような流れで煙草を咥えた。
「なあ……」
 喉を震わせない、限界まで抑えた声で僕が問い掛けた。
 静寂を壊さない、ぎりぎりの声で。
「歌ってのは、どうして存在してると思う?」
「決まってるだろ?」
 何がどう決まっているのかは知らないが、自信だけはあるようだった。
 水のライターが真鍮特有の澄んだ音を立てる。
 静寂に染み入り、晴れ渡った星空を純化させる響き。こんな夜にはもってこいの効果音だと思った。
「歌ってのは、唄うためにあるのさ」
 考えなくても当たり前の答えに、僕は「そうだな」と納得して頷いた。
 そうだ。歌は唄うものだ。それ以外に何があるというのだろう?
 額に飾っておくものでもないし、現金で取引されるものでもないし、ましてやあらゆる間違いを正すためにあるのではない。
 僕は、初めてこの世の中に『歌』という概念を生み出した先達に、心から感謝した。
 そして、その『歌』があるだけで、今の世の中も捨てたもんじゃないと、そう思った。
 間違っているか正しいかは別として、歌を唄える世界を僕らは受け継いだんだ。
 それは、とても素晴らしいことだろう。
 歌の無い世界には、僕らは生きることは出来ない。
 歌の素晴らしさを一度でも味わってしまったのだから。
 寒さに震える指先をポケットにしまい、僕は大きく息を吸う。
 歌のある世界の空気。夜の空気。
 歌を唄うために必要な、空気。
 瞳を閉じて、気持ちのままに、涌き出る旋律を常識というフィルターを通さずに。
 僕らは、歌を唄った。

 体が冷え切ってしまう前に、僕らは車に戻った。
 エンジンをかけ、暖房を一番強くして回す。
 かじかんで感覚の鈍くなった指で、僕は頬に触れた。
 そこはもう湿布が必要ないくらいに冷え切っていた。
 手と頬の湿布をはがし、僕は少し考えた。
 僕が水に対して言ったことについてだ。
 僕は偉そうに『本気を出すことを忘れたヤツに、何が手に入るってんだ!』と怒鳴り散した。
 それは僕がずっと昔から思っていたことだ。
 それこそ、小学校低学年の頃からずっと。
 全ての物事を適当に受け流して、手を抜くことが格好良いと勘違いしている奴らの顔が、僕は大嫌いだった。
 でも、それは今の僕が置かれた状況とどう違うというのだろう?
「……そろそろ行くか」
 最高の夜に考えるべきことじゃない。
 そう思って、僕はギアを入れた。
 水は何も言わなかった。

 水はそれから毎晩のように僕の前に現われた。

「今日は海が見たいな」と言って、高速に乗って海まで行ったこともあった。帰りはただひたすらに眠かった。

「知らない町をぐるぐる回ろう」と言って、帰り道を見失ってしまうこともあった。

「今日は近場で済ませよう」と言って家を出た日は、燃料切れで往生してしまった。

 僕らは夜の中を走る。車の中ででたらめな歌を唄いながら。
 水は仕事を探し始め、僕はただひたすらに考えていた。
 蓄えは、そろそろ底が見えていた。

 水が帰った後、僕はひとりで部屋に取り残されることになる。
 当たり前だ。僕はひとり暮しだし、恋人もいない。実家はこの街から離れた場所にあるし、水の他に親しい友人なんていない。気楽といえば気楽だ。
 仕事をしなくても誰にも文句を言われない。
 でも、話し相手がいなくなるというのは正直、辛かった。
 僕はひたすら考えていた。水と一緒に歌を唄う日々の中で、同じことだけを。
『僕の本気は、どこに向いている?』
 そして、水の就職が決まった。

「大学の頃の知り合いに連絡したんだ。『仕事を探してる』ってね」
 水は着なれないスーツをもてあまし気味にしている。
 ネクタイを緩めようとたのだろうが、勢い余って抜いてしまった。
 眉根を寄せて、抜けたネクタイを忌々しげに睨み付けてから、ポケットにしまった。
「早かったよ。ちょっとした研究室の助手のクチがあるって言われた。それで今日行って来たんだ」
「どこまで?」
「まあ、遠い所だよ。新幹線なんて乗ったのは二年振りくらいだった」
「それで?」
「ああ、良い所だった。企業の下請けみたいなことをやってるんだが、研究員が全員真剣な目をしてるんだ」
「普通じゃないのか?」
「いや、俺の大学じゃあそんなことはなかったね」
「給料を貰うことじゃないからな」
「そうかもしれないが、何かこう……根本的なものが違うんだ。例えば──」
 水はなおも延々とその研究室について語り続けた。
 とても晴れ晴れとした顔だ。
 僕はといえば、そんな水の言葉の半分も頭に入っていなかった。
 何故か、ひどい焦りがあった。
 水はこうして動き始めたというのに、僕は取り残されてしまったのだ。
「それで、結局そこに行くのかい?」と僕が訊いた。
「ああ。俺はあの場所で自分の爪を見せてやる」
 その表情は、真っ直ぐに一つの目標を見据えている者の表情だった。

 その夜、僕らはいつもの通りにドライブに出かけた。
「明日、朝が早いからそう遠くには行かないでくれ」
 水はそう言ったが、本音を言えば僕は朝日が見えるまで走り続けていたかった。
 そういう訳にもいかず、仕方なく僕らの街をぐるぐる回ることにした。
 いつものように僕らは唄い、窓の外を見て、煙草を吸った。
「俺は意外とたくさんの物を手に入れていたみたいだ」
 水のそんな言葉に、僕は何も言い返せなかった。
「それに気付くまで、二十年以上かかった」
「そういうものだろう?」
「ああ。だが、せめてあと二年早くそのことに気付いていれば、何も失っていなかったような気がする」
「何も失わない生き方があるならぜひ御教授願いたいね」
「ま、そうだな」
 そんな生き方があるなら、本当に、教えて欲しい。
 僕は歌を手にして、水を失おうとしている。
 職を失ってまで手に入れた自由が、こうして儚く崩れようとしている。
「……俺もそろそろ職に就くか」
「何をやるんだ?」
「さてね。けど、どこでも本気は出せる。そうだろう?」
「そうだな」
 車は走り、僕らは唄う。いつもの夜。
 それでも、これが最後の夜になることは良く分かっていた。

 こうして、水は僕の前から消えた。あっさりと、気が抜けるくらい呆気なく。
 手の込んだ冗談だったように、水はいなくなった。
 梅雨が訪れ、窓の外はひどい雨だ。
 僕はまだこうして部屋で燻っている。

 水がいなくなった後、僕はスーツを新調した。
 鴉の羽のように真っ黒な革靴も買った。
 就職活動は実に難航した。が、知人を頼るつもりは無かった。
 誰かを頼れば楽に就職出来ただろう。でも、それは嫌だった。
 水とのことがひっかかっていたのかもしれない。
 水よりも自分の方が優れていると思いたかったのかもしれない。
 でも、そんなマイナスの感情はどうでも良い。
 僕は結局、本気で生きることが出来ずにいた。


《最終話へ続く》

───────────────────────────────────────
(BastardlyAnthologyより移行)
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  1. 2016/02/14(日) 22:28:45|
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