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Junk Mind D.N.A.

ことばがかいてあります。

[短編小説] 僕らの青年期~水 最終話

 ある日街を歩いていると、後ろから声をかけられた。



 ある日街を歩いていると、後ろから声をかけられた。
 水(ミズキ)の彼女、マキだった。
 彼女は僕を喫茶店に連れて行った。
 暫く内容の無い話をして、それから彼女がこう言った。
「水、今どうしているか知ってる?」
 僕は黙って首を振った。それは本人から聞くべきだ。僕が言うのはフェアじゃない。
 彼女はそれきり何も言わなかった。僕も何も言わなかった。
 ただ、帰り際に彼女は僕の方をじっと見て、口を軽く開いて、閉じただけだった。
 僕らはさよならも言わずに別れた。
 水とマキはどこかが似ていた。
 僕とマキもどこかが似ていた。
 そういうものなのだろう。ずっと一緒にいると行動だけじゃなく考え方までもが似てくる。
 そう、別れ際に何も言わないことも含めて。
 黙って僕を見つめていた彼女。僕は彼女の視線の中にあるものの正体を一瞬で見抜くことが出来た。
 彼女は僕に抱かれたがっていたのだ。
 でも、いくら似ているといっても僕は水じゃないし、友人の女と寝るなんてことは出来ない。
 僕は心の中でこう思った。
『水よ、お前はあの女のどこを好きになったんだ? あんな女、ただの他人依存症じゃないか』
 僕は水じゃないんだ。そう自分に言い聞かせて僕は席を立った。

 僕はあの頃のことを思い出すたび、幾つかの歌を思い出す。
 そのフレーズはでたらめで、歌詞なんて覚えてもいない。
 でも、その歌が与えてくれた気持ちはとても鮮明に思い出すことが出来る。
 それは、とても楽しかった時間。それでも、何も手にすることの出来なかった時間。
 全ては掌を擦り抜け、砂に堕ちてゆく。そんなことを思う。
 あれから暫く経って、今はもう夏になってしまった。
 僕はなんとか就職口を見つけ、責任を持つ大人として行動出来るようになった。
 時々水から手紙が届く。
 僕はそれを開封せずに引き出しに放り込んだ。言いたいことがあれば直接部屋に来れば良いのだ。
 僕はいつでもここにいるし、ちょっと外出していたとしてもすぐに帰ってくる。

 車は手放してしまった。就職が決まる少し前のことだった。
 高校を卒業してからずっと一緒だった愛車も、僕の自由と引き換えになってしまった。
 仕方が無い。無職の人間には車を維持することは出来ない。
 今では真夜中にふと思い立ってドライブに出かけることもなくなってしまった。
 真夜中は、寝る時間なのだ。

 盆休みのことだ。
 僕が意を決して久し振りに実家に戻ると、家族の反応は意外と淡白なものだった。
 僕は実に半年近くも無職で、実家に戻ったのは数年振りのことだ。
 それなのに、そのことを誰も責めなかった。
 理解があるのか、それとも興味が無いのか……。
 僕は久し振りに上げ膳下げ膳の日々を送った。

 電車を乗り継いで実家から戻ると、玄関の前に小さな紙袋が置いてあった。
 どうにも無愛想な紙袋だ。店の名前も書かれていないし、色だって無機質な感じがする。
 中を見るとバーボンウイスキーとドライジンの瓶が一本ずつ入っていた。それと、手紙。
 水の置き土産だった。

 次の朝、僕はシャワーを浴びてから、袋の中に入っていた手紙を読んだ。
 水からの手紙を読むのは、これが初めてだった。
 どうして読む気になったのだろう?
 多分、夏のせいだ。
 茹だるような暑さが僕の思考を正しい方向に導いてくれたに違いない。
 友人の手紙は、洩らさず読むべきなのだ。
 手紙はとても短く、要点だけしか書かれていない。
 全く、水らしい……。
 爽やかな苦笑を浮かべ、僕はその手紙を五回読み返した。
 手紙の内容を要約するとこうなる。
『連絡が取れなかったので手紙を残すことにした。
 今月一杯は休暇を取ったのでこっちにいる。
 マキとは結婚することになった。
 明日(つまりは今日だ)また顔を出す』
 手紙というよりは伝言メモのようだ。
 紙の質も悪いし、筆跡だって最悪だ。ひどく読み辛い。
 でも、水は帰って来たのだ。

 水がやって来たのは、丁度昼時だった。
「久し振りに逢っていきなりなんだが、部屋の掃除くらいしろ」
 変わらない声と口調でそう言われた。
 水は少し髪が伸びていて、顔色が青白くなったように見えた。
 きっと太陽の下に出ない類の仕事なのだろう。まるでモグラだ。
 青白い顔の中で、ふたつの目だけが変わっていなかった。
「最近は忙しいんだよ。中途採用の俺が一人前の仕事をするには、他人の倍は働かなくちゃならない」
「ごくろうなことだな」
「そっちだってそうだろう?」
「まあ、そうだな」
 水は手土産として持ってきた缶ビールを空けて、一気に流し込んだ。
 実に気持ちの良い飲み方だ。ただ、少し勿体無い気がする。
 それでも、夏にビールを飲まなくては一年の中でビールの出番が無くなってしまう。
 それに、どうせ水の買ってきたビールだ。僕の財布は痛まない。
 僕も遠慮せずに喉を鳴らして飲み干した。
「車、どうしたんだ?」
「ずいぶん前に売ったよ」
「どうして?」
「だいたい分かるだろう?」
「まあ、な」
 歯切れの悪い口調だ。まるで僕が車を手放すことになったのは、自分のせいだとでもいうかのような。
「気にするなよ」と僕は言った
「どうせいつかは手放すことになっていたさ」
 実際、僕の愛車は調子を悪くしていた。
 元々古い車なのに、僕が無茶な乗り方をしたせいだろうと思っている。
 次に乗る車は、大切に乗ろうと考えている。
 一度は過ぎ去った物事も、全てはあるべき所に戻る。形を変え、姿を変えても、結局僕らはここからどこにも行けないんだ。それはとても優しくて、心地良いこと。どこに行っても、戻ってくるんだ。
 最近は、そんなことを良く考えるようになった。
 そう、水がこうして僕の部屋に戻って来たように……。
「仕事、どうなんだ?」と水が言った。
「普通だよ。会社としては二流かもしれないが、一流の人間が集まっている。人材として一流がどうかは別としてね」
「つまり、良い環境だってことか?」
「そうだな」
「良かった。安心したよ。世の中には思いの他、俗物が多いからな。そんな場所で自分をすり減らすなんて、耐えられない」
「世の中は僕ら向きに出来ていない?」
「その通り」と、水は力強く頷いた。

 それから僕らは缶ビールを全部飲み、昨日の紙袋の中にあったバーボンとジンにも手を付けた。
「つまみが欲しい」と水が言ったので、有り合わせのものでつまみをつくった。
 グリーンアスパラを茹でたものと、セロリと人参のスティック。
 湯剥きしたトマトとレタスのサラダ。豚肉の冷しゃぶ等を作った。
 手間のかからない、それでも美味く感じるメニューだ。
 それに対する水の反応は、「なんとも体に良さそうだな」だった。
 文句があれば自分で作れば良い。そもそも酒だけでつまみを買ってこないというのは、水の落ち度だ。
 そんな感じで僕らは楽しく酒を飲んだ。
 窓の外は文句のつけようもないほど夏で、もしかしたら熱中症で倒れるような人もいるかもしれない。救急隊員は忙しいだろう。
 霞んで見えるビルの向こうには、薄っすらと山並みが見える。僕らがあの車で上り、この街を見下ろした山だ。その山では多分、蝉がうるさいくらいに鳴いていることだろう。
 今は、夏なのだから。
 少しきつめに冷房を効かせた部屋で、僕らはゆっくりと酒を飲み続けた。

 部屋にある全ての酒瓶を空にした後、水が言った。
「なあ、久し振りにアレをやらないか?」
「アレ……」
 僕は少しだけ考えた。どうもアルコールが入ると頭の巡りが悪くなる気がする。
 そして、すぐにひとつのことに思い当たる。僕らがふたりでいる時にすること。良い気分で酔った時に覚えたこと。
 僕らの、怠惰な毎日の証だ。
「いいね。でもあまり騒がしくは出来ないな」
「まあ、その辺りは我慢するさ」
 歌を唄おう。水はそう言っているのだ。
 思えば僕は水と別れてから、歌を唄うことがなくなっていた。
 無意識の内に、歌というものを自分の生活から遠ざけていた感すらある。
 理由はいくらでも挙げられる。
 でも、その全てがどこか見当外れのように思えるので、僕は考えに蓋をした。
 考え事はシラフの時にすれば良い。
 酔っている時は、ただ楽しむだけで良いのだから。
 水がテーブルの端を指でコンコン、と叩く。リズムを取っているのだ。
(こんな時はどんな歌が合うんだろうな?)
 ブルースだろうか? ロックだろうか? 民族音楽だろうか?
 思春期に貪るように聴いた音楽たち。酔った頭では思い出すことすら難しい。
 だから僕は気にしないことにした。
 歌は、唄うためにあるのだから。
 そして今は思春期じゃあなくて、青年期なのだから。
 水の歌は相変わらず調子外れで、歌詞も滅茶苦茶だった。
 でも、どこか懐かしかった。

 水がまたいなくなった。
 当たり前だ。仕事が休みなのは一時だけ。普通の生活に戻れば仕事をしなければならない。
 それは僕も同じで、また慌しく忙しい毎日に身を投じることになった。
 水と恋人が結婚するのは来年の春という話だった。
 その頃になれば、水はまたこっちに戻って来る。
 そして、一日二時間かけて会社まで通うことになるのだ。
 それを聞いて、僕は絶対に結婚出来ないと思った。
 ただでさえ忙しいのに、この上通勤時間まで加算されてしまえば、僕は寝る時間もなくなってしまう。
 でも、そんな僕にも恋人が出来た。

 彼女について一言で言うなら『意外』という言葉が最も合っていると思う。
 僕が質問をすると、全く思い付くことの出来ないような答えが返って来る。
 誰かに必要とされるのは良いことだ。自分の根底にしっかりとしたものが芽生えるのが分かる。
 でも、彼女は本当の意味では僕を必要としてはいない。
 彼女は彼女で、ひとりの大人なのだから。
 要するに、僕はコントロールされているのだ。
 まったく、女は恐ろしい……。

 僕らの唄った歌はでたらめで、どれもこれも価値の無いものばかりだった。
 初めて歌を唄うことを覚えたあの頃。
 夜の街を走る車の中で唄ったあの頃。
 僕らは唄うことで何かを探していた。
 水がいなくなって、僕はその歌というもの自体を憎んでいたのかもしれない。
 何も与えてくれなかった、ただ奪ってゆくだけの歌を。
 そして水との再会。それが間違いだったことに気付く。
 歌は、やはり歌なのだ。それ以上でもそれ以下でもない。
 歌に意味を見出すことが出来るとすれば、それは思い出を彩る断片の一つになるということ。
 それ以上の意味を求めるのは、酷というものだ。
 そう、自分に完璧を求めるのと同じくらいに。

 車を買った。中古のセダンだ。
 一世代前の高級車を安く手に入れた。それでもしばらくはローンを払い続けることになる。
 良いだろう。それが社会との接点だというのなら、逃げはしない。
 助手席に乗るのは、水ではなく僕の彼女。
 彼女と僕は、歌を唄わずに進む。

 秋が過ぎ、また冬が訪れた。
 一年が巡った訳だ。
 コートの前を合わせ、僕は相変わらず風の強い街を歩く。
 最近では自然と口笛を吹いていることが多くなった。
 口笛は良い。適当に吹いていてもそれなりのフレーズに聴こえる。
 歌を唄うのは、とっておいてある。
 水が僕に逢いに来るときまで。
 僕らはたくさんのものを手に入れて、それ以上に失ってきた。
 今、そんな青年期も終わりを迎えようとしている。
 鏡に写る自分の顔は、どこから見ても立派な一人前の大人だ。
 まったく、こうなってしまうとは一体誰が予測出来ただろう?
 少なくとも僕は予測出来なかった。
 職にも就かず、水と一緒にいた頃の僕には。
 僕らはたくさんのものを失った。でも、それ以上にたくさんのものを手に入れた。
 かけがえの無い友人、恋人、新しい車、本気を出せる場所、そして──
 でたらめの歌。
 冷たい風が止み、雪が溶ければ春が来る。そうすれば、水の結婚式だ。
 僕は密かに考えていた。水の結婚式で、歌を唄ってやろうと。
 どんな歌が良いだろうか? あの夜の公園で初めて僕らが唄った歌だろうか? それともこの街を見下ろして唄った歌だろうか?
 誰もが口にしている、流行の歌だろうか?
 そんなことを考えると、僕はおかしくなる。何だって良いじゃないか。結局僕らの唄う歌はいつだってでたらめで見当はずれで、おまけに適当なのだから。
 多分僕がマイクを握れば、水も隣に並ぶだろう。そしてふたりで歌を唄うのだ。
 僕らの青年期を彩った、たくさんの歌を。
 白いタキシードで格好つけた水は想像出来ないけれど、僕の隣で唄う水はこんなにも簡単に想像できる。
 だから僕は春の訪れを楽しみに待っている。
 きっと、今度訪れる春は――
 僕らの青年期の、最後のシーンになるだろうから。


《おわり》

───────────────────────────────────────
(BastardlyAnthologyより移行)
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  1. 2016/02/14(日) 22:29:23|
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