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Junk Mind D.N.A.

ことばがかいてあります。

触れた指先が、電気で痺れたように感じた。

分厚く冷たい、遮るための扉に触れた指先。伝わるのは、振動のような音楽。
感覚が戻らない指先を、胸元に抱き寄せる。
きっと、この扉の向こうでは、今日も──
あの人が、苛立ちをリズムに変えている。



貸しスタジオで、擦れ違っただけ。それだけの出逢いだった。
力なく軋んで開いた扉から、あの人は出てきた。
汗で濡れた肩から、湯気が上がっているように見えた。
彼は、折れたドラムのスティックをカウンターに持って行って、店員さんと言葉を交わして、新しいスティックを手にして戻ってきた。
一瞬──
目が、私に向けられた気がした。
次の瞬間、眉根が寄せられた。怪訝そうに。
擦れ違う。
彼は、またスタジオに戻る。
私は、あの視線の意味を少し考えた。
ああ、そうか──
場違いな小娘が、と思われたのかもしれない。
その日私は、十年続けたトロンボーンを持っていなかった。

彼と親しくなるのは、とても難しかった。
まず、口数がとても少ない。
それから、非常に目付きが悪く、威圧的。
あとは、単純に身長が大きくて圧迫感がある。
黒目がちな目はいつも半分伏せられていて、起きているのか眠っているのかも分からない。
時々、剃り忘れたのか無精ひげが目立つこともあった。
そんなことをひとつずつ知る度に、彼のことが好きになっていったのだけれど。
同時に、苛立ちも募った。
彼は多分、私を見ていない。
その理由は、すぐに分かった。

彼の集中力は、病的にも思えた。
スティックが折れてしまうのは、同じ動きを繰り返す中で、動いてしまうセットのせいだと知った。
リムに当たり続けて、折れてしまうらしい。
彼は多分、目の前に並ぶスネアやフロアタムの位置さえも、見えていないのかもしれない。
本当に、病んでいたのかもしれない。
大切な友人を、交通事故で亡くして。

苛立ち。
私の苛立ち。あの人の苛立ち。
誰もが、何もかもに苛立っている。
そんな全てが、私には尚更苛立たしかった。

あの人は、やり場のない感情の名前を探すように、ドラムを叩き続ける。
同じリフを、同じフィルを、繰り返し、繰り返す。
揺らすように。転がすように。変えるように。ねじ曲げるように。
私はその感情の名前を、当然知っていた。
苛立ちのリズム。
特別な能力が、私に備わっていたなら。彼のそんな感情を解きほぐすことが出来たのかもしれない。
でも、そんなものなくても、私は彼の近くに居たかった。
扉を一枚挟んで、ただ振動だけしか伝わらないような距離でも。

指先の痺れが消えて、私は少し待つ。
曲と曲の、ほんの短い幕間を。
途切れた音とリズムの隙間に、私は扉を押し開く。
体をすっと滑り込ませ、扉に背を預ける。
目に映り込むのは、光。煙るステージと、原色のスポットライト。あまりセンスは良くない。
それと、人の波。
熱情。
誰もがステージに向かって腕を上げ、声を張り上げ、体を大きく立てに揺らしている。
あの人の顔が、遠くて見えない。
ただでさえドラマーは一番奥なのに。
私は思う。
今日のこのステージで、もしもあの人が苛立ちを消せたのなら──
あの人の、お嫁さんにしてもらおう。
そう、決めた。

スティックで4カウント。
新人ギタリストの男の子が、ピックスクラッチ。ありがちな、派手なだけの音。嫌いじゃない。
被せる歌声は、数年前からメジャーレーベルで活躍しているヴォーカリストのもの。何でこんな場末のスタジオで唄うのかは、ちゃんと知っている。
頼りないリードギターの新人。それを支えるように、背を押すように、サイドギターが正確に鳴らされる。
偏頭痛持ちのキーボードは、今日もクールを気取っている。
ベースギターは、会社員。最後までステージに立つのを渋っていた。
知っている。良く知っている。
リズムを刻むあの人の名前も。声も、口癖も、掌の厚さも、背中の広さも。
今こうして、私の肌を、扉に触れた背を震わせるのは、きっと──
そのリズムの名前は、──


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  1. 2016/07/22(金) 20:38:51|
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