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[連載中] 僕らの青年期~音 第一話

 熱を失い始めたアスファルトの熱を、背中で、肩で感じていた。



 熱を失い始めたアスファルトの熱を、背中で、肩で感じていた。
 涙でにじんで揺れる視界には、街灯が妙に綺麗に見えた。
 耳元で、どくどくと音が聞こえる。血管の中を流れる赤い血の音。多分、心臓の音。
 殴られ痺れていた場所が、ようやく痛み始める。脈打つ。どくどくと。
 赤い血の匂いが、口と鼻の中に広がる。錆びた鉄と似た匂い。どれくらいぶりだろう。痛い。
 荒く、粗い言葉が僕に向けられている。痛くて、何を言われているのか分からない。どうせ大したことじゃないだろうけれど、理解したかった。言い返すには、まず聞いて、理解しないと。
 起きようと腕に入れた力が、逃げる。殴られた後、何発蹴られたのだろう? 分からなかった。
 視界が定まらない。揺れて、何を見ているのかも分からない。逃げたくない。
 逃げたくなかった。
 そんな僕の目の前に、あの人は現れた。
 音さんは、現れたんだ。

 駅前の並木道から一本外れた、薄暗くて湿っぽい通り。学生の頃は、「ドブ川通り」とか呼んだ道だ。
 気取った標識で、正式名称が書かれている。
「メロディ通り」
 誰もそんな中途半端に洒落っけのある呼び名じゃあ呼ばない。駅までの抜け道として、思い出したように車が通る程度の道だ。地元の学生ですら好き好んでは通らない。陰気で、下水臭くて、街灯には蜘蛛の巣が張っている。
 駅前通りを飾る背の高いビルと、何年も放置されたままの廃工場に挟まれた、一日中日の当たらない場所。通り過ぎる風ですら、顔をしかめているような気分がする。
 そんな「ドブ川通り」にも、ちゃんと店はある。
 店の名前は「輪舞」。ロンド、という気取った名前の店だけれど、ただの喫茶店だ。それも、どうして潰れないのか分からない類の喫茶店。
 でも、そんな店にだって常連客はいる。
 僕がその「輪舞」唯一の常連客──音さんと出会ったのは、夏の終わりの近づいた妙に蒸し暑い夜だった。

 本名は、直音(なおと)というらしい。僕が音(おと)さん、と呼ぶのは、ただの聞き間違いだ。でも、音さんは特に訂正もしなかったし、本名を知るのは随分後のことだった。
 おとさん。ちょっと聞いた分には「おとうさん」とも聞き取れる。格好良いあだ名じゃないと思う。
 でも、僕は彼のことを音さんと呼んだ。
「音さん」と彼の顔色を伺いながら名前を呼ぶと、顔をこっちに向けるでもなく、ただ「どうした?」と答えてくれた。音さんと出会ってしばらくしてから知ることになるのだけれど、それはとても珍しいことなのだという。
「アイツな、返事するのも会話するのも面倒なんだってよ」
 マスターが呆れ半分の口調で、そう言ったことがある。返事をするのはとても珍しいことだと。
 嬉しかった。
 助けてくれたのは偶然だった。でも、今は受け容れてくれているんだ、思えた。
 いつもカウンターの一番奥に座って、何をするでもなくじっとしている音さん。気紛れに本を読んだりすることもあるけれど、一番長いのは何もしない時間だったはずだ。
 無精ひげを生やして、艶のないライダースのジャケットを着ている。履いているジーンズはビンテージ物らしいけれど、所々に解れがある。靴は当然エンジニア・ブーツだ。聞いた話によると、一年を通してこのスタイルだという。夏場に見れば暑苦しいし、冬場に見ても暖かそうには見えない。
 一見して、社交的とは思えない。少なくとも、僕の知人には他にいない。変人で、社会不適合者で、センスが古い。
 そんな音さんは、僕の心の中に、何故か深く入り込んで来た。


《第二話へ続く》
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  1. 2017/04/18(火) 23:45:46|
  2. 長編小説(連載中)
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