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ことばがかいてあります。

[連載中] 僕らの青年期~音 第五話

 輪舞は、本当に流行らない喫茶店だ。



 輪舞は、本当に流行らない喫茶店だ。
「マスター」
 音さん、と僕が呼ぶ彼が来るまでの短い間、僕はマスターと他愛のない話をするようになっていた。
 マスターは、時々カウンターを開け、奥に消えてゆく。戻って来たときには、ほんの少しだけ煙草の匂いがしている。
「もしかして、僕に遠慮してますか?」
 石鹸でしっかりと手を洗いながら、マスターが答える。
「遠慮じゃないな。分別だ」
 にや、と口角を上げて笑う。いたずらっぽく笑うのが、マスターの癖のようだった。
「それに、ヤツがうるさくてな。店で吸うなっつって」
「でも、喫茶店ですよね? ここ」
 実際、カウンターには丸い灰皿がいくつか重ねて置いてある。
「煙いのがイヤなんだろうさ。猫みたいに」
 大きな黒猫を想像してみた。どうもイメージが重ならない気もするけれど。
 マスターなりの冗談なのか、それとも何かのメタファーなのか。僕には分からない。
「それにな、煙草嫌いの客が飛び込みで来たときに、逃がすのも癪だしな」
 にやり、とまた笑う。
 輪舞は、流行らない喫茶店だ。
 少なくとも、僕は音さん以外のお客を見たことがない。
「そうですね」
 誤魔化すように、カフェオレを口に運んだ。

 残暑の厳しい夜。
 音さんは僕の二つ奥の席でコーヒーを飲んでいる。
 今日は残業があったので、駅から真っすぐに輪舞に寄った。
「ところで、」
 と、僕が切り出す。
「寒くないですか?」
 前々から気になっていた疑問を口に出してみた。
 音さんはとても小さく溜め息を吐き、マスターは少し考える素振りを見せる。
「いや、暑いくらいだけどな」
 いや、そんなことはない。その証拠に、僕は会社のブルゾンを脱げずにいるのだし。
 朝が肌寒かったので、念のため着ておいてよかった。当然、仕事中は脱いでいたけれど。
「俺が暑がりだからかねえ」
 軽く答えたマスターを尻目に、ちらりと右を見る。何となく、音さんがライダースのジャケットを夏でも着ていた理由が分かった気がした。

 駅前通りに、昔ながらのだんご屋がある。
「たまにはいいかなと思って」
 学生時代、同級生と放課後に買い食いをした店だ。会社勤めを始めてから疎遠になっていたので、何となく帰りに寄って、買ってみた。ので、マスターへのお土産に。
「お、三好の爺さんのところのか。気が利くねえ」
 マスターは、珍しくにこにことした笑顔になった。こうして見ると、ただの人の好い中年男性だ。いつものクセがどこにも見つからない。
「コーヒーって感じじゃないよな。今お茶淹れるわ」
 軽い足取りで、カウンターの奥に行き、ささっと戻って来た。
「しかし、坊主も渋い趣味してるな。……お、こしあんじゃねえか。嬉しいねえ」
「ひょっとして、甘党なんですか?」
 椅子に座りながらの僕の問いに、マスターは深く深く頷いた。やかんをコンロにかけ、落ちた目尻で火力を確かめながら。
「やっぱり和菓子だよな。洋菓子はどうも気取ってて合わない」
 喫茶店のマスターとは思えない発言だ。
「ちなみに、ヤツも甘党だ」
「意外です」
 本当に意外だった。

 その日、音さんはいつもより少し遅く現れた。その頃には、マスターが五本全てを食べ尽くしていた。ので、僕は音さんから曰くつけがたい視線を向けられたのだった。
 以降、お土産は和菓子を主体にローテーションすることになった。さすがに毎日ではないけれど。

 僕と、マスターと、音さん。
 最初の頃、僕は音さんに気後れして、黙っているだけの時間が多かった。
 そんな僕を気遣ってくれたのか、マスターは僕にたくさん話しかけてくれた。
 マスターとの会話に慣れ始めると、無口な音さんについても、少しずつ親しみを感じることが出来るようになった。
 拒絶されないこと。居ることを受け容れて貰えること。
 そんな程度のことが、無理のない自然なことに感じられて、僕には心地良かった。
 残暑も消え、夜の帰路が心地良く感じられる頃──
 僕は「輪舞」の常連客になっていた。


《第六話へ続く》

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  1. 2017/06/01(木) 22:04:41|
  2. 長編小説(連載中)
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